皮質下出血とは、脳の表面のすぐ下で起きた出血です

皮質下出血(ひしつかしゅっけつ)は、脳の表面をおおう皮質という部分の、すぐ下で起きた出血です。読み方は「ひしつか」です。

この連載の第1回でお話しした視床出血、第2回の被殻出血は、脳の深い中心部での出来事でした。皮質下出血は、そこから離れた外側で起きています。

深い場所での出血は、手足を動かす信号の通り道のすぐそばで起こります。だから手足の麻痺が前に出ます。

皮質下は、考える、見分ける、段取りを組むといった働きが集まっている場所のすぐ下です。手足はよく動くのに暮らしのほうが難しい、という形になりやすいのですね。

手足が動くのに、暮らしが難しいことがあります

皮質下出血の方は、病院の評価で自立、あるいは軽症と判断され、早めに退院となることが少なくありません。

本当の勝負が始まるのは、自宅に戻ってからです。手足は動くのに、料理の手順を間違える。歩けるのに、左側の壁に何度も肩をぶつける。

穏やかだった人が、急に怒りっぽくなる。こうした変化は、目に見える麻痺よりもずっと、ご家族の心に重くのしかかります。

これはご本人の性格の問題ではありません。脳が情報をまとめる働きにつまずきがあって起きていることです。

出血した場所によって、出てくることが変わります

皮質下出血のいちばんの特徴は、出血した場所で現れることが大きく変わる点です。同じ病名でも、隣の病室の方とはまったく違う困りごとを抱えています。

この先で、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉の4つを順にお伝えします。

前頭葉で起きると、心のエンジンと段取りに出ます

おでこの奥にある前頭葉は、計画を立てる、衝動をこらえる、自分から始める、という働きをまとめている場所です。

ここで起きると、一日中ソファから動かない、ちょっとしたことで大声を出す、料理の段取りが組めない、という形で出ます。手足が元気に動く方ほど、周りは性格が変わったと受け取ります。なお前頭葉の場合は、出血が大きいと手足の麻痺が残ることもあります。ほかの場所と違うところです。

詳しくは 第8回:前頭葉の出血・梗塞 でお話ししています。

頭頂葉で起きると、体と周りの空間の地図がゆがみます

頭頂葉は、自分の体と周りの空間の、立体的な地図を作っている場所です。

右側で起きると、左半分の空間がまるごと抜け落ちます。左の壁にぶつかる、お皿の左半分を残す、左から声をかけても気づかない。服の前後左右が分からなくなる、袖に腕を通せない、という着替えのつまずきもここで出ます。ご本人は見えていないことに気づきにくいところが、いちばん難しい点です。

左側で起きたときは、はさみや歯ブラシの使い方がとっさに出てこない、計算がしにくい、左と右がすぐに言えない、という形で出ます。

詳しくは 第7回:頭頂葉出血・梗塞(右側) でお話ししています。

側頭葉で起きると、言葉と記憶に出ます

側頭葉は耳の奥にあり、言葉と記憶、音の受け取りを扱っています。

左側で起きると、言いたい言葉が出てこない、聞いた言葉が意味として届かない、という失語が前に出ます。話が通じないので、ご家族がいちばん早く変化に気づきます。

右側で起きたときは、相手の口調や表情の受け取り、さっきのことを覚えておく力のほうに出ます。

詳しくは 第9回:側頭葉・前頭葉出血・梗塞(左側) でお話ししています。

後頭葉で起きると、視野の半分が欠けます

後頭葉は頭の後ろにあります。目が受け取ったものが、ここで初めて「見えた」に変わります。

ここで起きると、片側の視野が欠けたりします。右目と左目のどちらでも、同じ側が欠けるのが特徴です。同名半盲(どうめいはんもう)と呼びます。

頭頂葉との大きな違いは、ご本人が自分で「半分見えていない」と分かっていることが多い点です。だからこそ、見えない側に何かあるかもしれないという心細さが、いつもあります。

詳しくは 第10回:後頭葉出血・梗塞 でお話ししています。

右で起きたときと左で起きたときでは、困りごとの種類が変わります

手足の麻痺は、出血した側と反対に出ます。右の脳で起きれば左半身、左の脳で起きれば右半身です。

言葉を操る中枢は、多くの方で左側にあります。左側で起きた出血は、言葉が通じないという形で早く表に出ます。

右側で起きた出血は、空間の地図や、自分の状態を見張る働きのほうに出ます。ご本人は困っていると気づきにくく、周りが先に気づく形になりやすいのですね。

左側の出血は伝わらないことで気づかれ、右側の出血は気づかないことで見過ごされます。この差が、退院してからの分かれ目になります。

よくなるまでに2年から5年、ときには10年かかります

高次脳機能障害がよくなっていくには、2年から5年、ときには10年という歳月がかかります。

今の回復期リハビリテーションの入院期間では、その長い道のりの入り口で退院の日を迎えます。在宅に戻ると、リハビリの回数は減ります。

在宅の現場では、目に見えにくい障害を正しく評価できる療法士は、残念ながら多くいません。身の回りのことはできるので、あとはご自分で、という判断に当たると、伸びるはずだった力を育てる機会を逃します。

見えない障害をご家族に分かる言葉で伝えられる療法士に出会えるかどうかが、在宅生活では大きく効きます。まずはケアマネジャーに相談し、地域で実績のある担当者を探してみましょう。

ご家族は4割の力で、細く長く関わりましょう

高次脳機能障害のリハビリは、マラソンより長い道のりです。

ご家族が献身的に関わるのは素晴らしいことです。最初から全力で向き合うと、数年続く道のりの途中で、心も体も尽きます。

私からお伝えしたいのは、頑張りすぎず、4割くらいの力で関わるという意識です。ご家族だけで抱え込まず、使える外のサービスは遠慮なく使いましょう。

その間に、ご自分の時間を持ち、心を休める日を作りましょう。あなたが倒れないでいることが、ご本人にとっていちばんの支えになります。

社会との接点が、脳を呼び起こします

私が現場で見てきた方々では、リハビリ室での訓練よりも、社会の荒波に触れることで、注意の配り方や判断の仕方が変わっていくことが多くあります。

屋外で車や自転車に気を配ること。お店で買い物をして、お釣りを受け取ること。こうした本番の生活に挑戦できる場を用意することも、立派なリハビリテーションです。

着替えも同じです。仕事に戻ることを目指している方なら、家で過ごす日も仕事着に着替えることが大事になります。パジャマのままの一日と、仕事着に着替えた一日では、体の使い方が変わります。

それを一緒に見てくれる経験のある療法士と組めると、生活の範囲は少しずつ、確かに広がっていきます。

おわりに:今の状態で、すべてが決まったわけではありません

皮質下出血による変化は、家族であっても分かり合えず、孤独を感じることがあるかもしれません。

期待しすぎて焦る必要はありません。今の状態で、すべてが決まったわけでもありません。

数年という長さで見たとき、脳は私たちが驚くような適応を見せることがあります。体の機能が変わらないままでも、工夫と環境の調整、それに社会との関わりで、暮らしは変えていけます。

私たちは、医学的な知識と現場の経験を持って、あなたが自分らしい生活を取り戻す道のりを支え続けます。

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