介護している人が倒れたら、家の暮らしは止まる
介護している人が倒れたら、家での暮らしそのものが続けられなくなります。
片麻痺の夫が家で暮らせているのは、同じ家にいる奥様が、毎日の世話を受け持っているからです。食事、着替え、入浴。奥様が先に倒れれば、夫も家にはいられなくなります。子どもから見れば、お父さんを介護しているお母さんのことです。
帰省したとき、目はお父さんとお母さんのどちらに向いているでしょうか。
食事はとれているか。家の中を歩けているか。片麻痺のお父さんの様子は、誰でも気になるものです。けれど、家での暮らしを長く続けるために見ておきたいのは、むしろ介護しているお母さんの体のほうなのです。
「まだ大丈夫」は、体の状態ではない
介護をしているお母さんに「疲れていない?」と聞く。返ってくるのは、たいていこの一言です。
「まだ大丈夫」
この返事だけで、介護を続けられる状態だと決めることはできません。
周りに心配をかけたくない。自分がやらなければ。介護をしている人は、そう考えて「大丈夫」と答えます。それに、毎日続けている家の仕事は、お母さんにとってはただの日常。体に負担がたまっていても、お母さん自身がそれを言葉にできていないことがあります。
では、何を見ればいいのか。返事ではなく、体の動きです。
玄関で、靴を探してしゃがんだ
訪問の現場で、こんな場面がありました。
片麻痺のAさんのお宅で、介護をしている奥様が玄関で靴を探すためにしゃがみました。そして、そのまま立てなくなりました。
「もう限界です」と言われたわけではありません。奥様自身、体力が落ちていることに気づいていないようでした。
それでも、しゃがんだあとに立ち上がれない。この一つの動きから、介護を続ける体力が落ちていると判断しました。
体の変化は、本人の自覚より先に、毎日の小さな動作に出ます。玄関で靴を取る。床に落ちた物を拾う。何気ない動作ほど、体の状態がそのまま表れるのです。
入浴の介助も、転んだ人を起こすこともできない
玄関で立てないほど体力が落ちると、困ることがはっきりします。
一つは入浴の介助。浴室は足元がすべりやすく、体を支えるのに力が要ります。
もう一つは、Aさんが家の中でまた転んだとき。床に倒れた人を起こすには、大きな力が要ります。腕の力だけでは足りません。しゃがんだ姿勢から、自分も一緒に立ち上がる力が要るのです。
玄関でしゃがんで立てなかった奥様に、その力は残っているか。
残っていません。
入浴の介助も、転んだAさんを起こすことも、いまの奥様には無理だと考えました。倒れる前に、支え方を変える。そう決めました。
「週2回は多い」と言われても
夫のAさんの訪問リハビリを週2回に増やし、体をしっかり動かす時間をつくる。そう提案すると、Aさんはこう言いました。
「運命だ」「週2回は多い」
本人の「いらない」を聞くことは大切です。ただ、その言葉どおりに決めるとどうなるか。奥様の負担は減らないまま、毎日が続きます。いつか奥様が倒れたら、Aさんにとっても、家での暮らしそのものが続かなくなります。
本人の言葉を大事にすることと、暮らしを守ること。いつも同じ向きを向いているとは限りません。ここが、現場でいちばん難しいところです。
このときのAさんは、自分の体の状態や、家で暮らし続けるために何が要るか。それを自分で判断するのが難しい状態だと考えました。だから、Aさんの一言だけで決めず、見えている事実を全部並べて考えることにしたのです。
奥様が玄関で立てなかったこと。
入浴の介助ができないこと。
転んだときに起こせないこと。
夫を支えているケアマネジャーや福祉用具の担当者など、チームのみんなで話し合いました。家族の同意も得て、サービスを先に入れることに。入浴は、看護師さんに訪問してもらい、体の状態も確かめてもらいながら支えることになりました。
本人の気持ちを軽く見たのではありません。家での暮らしを続けるために、いまの「いらない」とは逆の手を打った。そういう判断でした。
家族が受け持つのは「最低限のことだけ」
別の訪問で、介護をしている奥様に、こう伝えたことがあります。
「奥様は最低限のことだけやっていただいて、あとはもう外の力を借りていきましょう。じゃないと壊れちゃう」
本人が着替えを嫌がる。言うことを聞いてくれない。そのたびに家族が説得を続けると、介護している人のほうが先に体を壊します。
家族が受け持つのは最低限のことにして、残りは外の手に任せる。そのほうが、家での暮らしを長く続けられます。何を「最低限」にするかは、家ごとに違ってかまいません。
次に帰省した日、玄関で一度だけ見る
次に実家へ帰った日、お父さんを介護しているお母さんが玄関で靴やスリッパをそろえるところを一度だけ見てください。
しゃがんだあと、すっと立てたか。
壁や靴箱やテーブルに、つかまっていなかったか。
立つときに「よいしょ」と声が出ていなかったか。
見るのは、この動き一つで十分です。
もし立てなかったら、「まだ大丈夫」という返事で話を終えず、担当のケアマネジャーに一言相談しましょう。
「介護している母の体力が落ちているようです」
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