「どうして気をつけなかったの」と言う前に
離れて暮らす親から、「夜中のトイレで転んだ」と聞く。けがはなかったか、と慌てます。その場を見ていない分、心配が先に立ちます。
そして、つい口から出そうになるのがこの一言です。
「どうして気をつけなかったの」
気持ちはよく分かります。けれど、叱られた親は、次に転んだときに黙るようになります。転んだことが家族に届かなくなると、次の転倒を防ぐ手が打てません。
転倒は、運が悪くて起きた出来事ではありません。いまの体に何が足りないかを教えてくれる知らせです。
本人や家族から届く「転んだ」という知らせが、体に何が足りないかを知る大事な手がかりになります。
夜間や早朝に転びやすくなる理由
夜間と早朝は、1日の中でも1番体が動かない時間帯です。体のつっぱりがあって身動きが取れない。それから意識がまだ半分寝ている状況。これが重なってくると、非常にリスクが高くなります。
また、夜中の転倒には、睡眠薬や睡眠導入剤の影響による動作能力の低下が考えられます。
最近は、夜中の転倒に配慮して医師が処方してくれます。それでも念のため、薬の効き具合を確かめて、主治医に相談することが大切です。
ふだん杖で歩いている方であれば、四点杖やサイドケインなど、歩行補助を1段階もしくは2段階安定したものに変えることが大事です。どれが合うかは、担当の理学療法士と相談してみましょう。
転んだと聞いたときの受け止め方と尋ね方
親から転んだと聞いたら、「気をつけて」より先に、「けががなくてよかった」「教えてくれてありがとう」と伝えてください。話してくれたこと自体を受け止めます。
そのうえで、そのときの場面を一緒にたどるように尋ねていきます。次に親に会う日などに、「この前転んだとき、どっちを向いていた?」と一つだけ聞いてみるのもよい方法です。あれこれ問い詰めて返事を急がせず、本人の言葉で場面を話してもらいます。
把握したいのは、次の4つです。
・場所:トイレの中か、トイレの前か、廊下か
・時刻:夜中の何時ごろか
・向き:どちらを向いていたか
・倒れ方:尻もちか、横に倒れたか、前に崩れたか
この4つがそろうと、どの動きの途中で崩れたのかが見えてきます。立ち上がりが苦手なのか、向きを変えるのが苦手なのか、後ろに下がるのが苦手なのか。本人の不注意で片づけずに、体のどこに弱いところが出ているかを考える材料にします。
そして、聞いた場面は、そのまま担当のリハビリの人に伝えてください。「夜中に、トイレの前で、向き直るときに後ろへ尻もちをついた」。この一言があるだけで、その日にどんな練習をするかが決めやすくなります。
場面をたどり、その日の練習を組み替える
転倒の知らせを手がかりに、その日の練習を組み替えた例をお話しします。訪問で伺っているAさんです。
訪問の日、私が「前回の訪問から1週間、何かありましたか」と尋ねると、Aさんが「トイレのときに転んだの」と教えてくれました。詳しく話を聞いていくと、この1週間で夜中のトイレで2回、どちらもトイレの前で尻もちをついたとのことでした。
そこで、体の向きや倒れ方を一緒にたどっていきました。すると、便器のほうへ向き直るとき、あるいは座ろうとした瞬間に、後ろへ崩れたのだと分かりました。
Aさんは、起き上がることも、トイレまで歩くこともできています。足りないのは、後ろへのバランスと、その場で向きを変える動きでした。
「歩けているから大丈夫」と、家族も本人も考えがちです。けれど、前に歩く動きと、向きを変えて後ろへ腰を下ろす動きは別のものです。前に歩く練習だけを続けても、この転び方は防げません。
転んだ場面を率直に教えてくれたからこそ、弱点に気づくことができました。そこで私は、その日の練習内容をすぐに組み替え、後ろへのバランスと向きを変える動きに手を打ちました。
その日の練習は、座ったバランスから
その日の練習は、座ったままのバランスから始めました。いきなり難しい立ち方はしません。できたら次の段へ、と一段ずつ上げていきます。
・座ったままのバランス
・片足で立つ
・かかとを上げて片足で立つ
・綱渡りの立ち方(両足を前後一列に並べて立つ)
・足を交差させて踏み出す
・後ろ向きに歩く
最後の「後ろ向きに歩く」練習が、トイレの前で崩れた「後ろへのバランス」に直接つながります。
練習のなかでも、特におすすめしたいのが後ろへの方向転換です。右回りと左回りの両方で向きを変える練習をします。後ろへのバランスを崩しやすいときの対策になります。特に大切なのは、麻痺がある側の足の方向へ向きを変える動きです。
左に傾いて、右へ戻ってきた
綱渡りの立ち方をしたとき、Aさんの体が左に傾きました。そこから、右へ戻ってきました。
この「戻ってくる」反応が出たことに、大きな意味があります。傾いたことを体が感じ取り、立て直す指令が届いている。脳と体のあいだで、信号のやり取りが働いているということです。
私はAさんにこう伝えました。
「力を入れて戻れているから、脳がちゃんと信号をやり取りしている証拠です。あとは力強さと素早さをリハビリで訓練して取り戻していきましょう」
「左側が怖い」を打ち消さない
練習のあと、Aさんは「左側が怖い」と言いました。
こう言われると、家族は励まそうとして「大丈夫、怖くないよ」と返したくなります。けれど、怖さを打ち消す言葉は、本人の感じていることを否定することになります。
私はこう答えました。
「怖い感じって慎重になるでしょう。怖い方には無茶しないから、それは良い薬になるんですよ」
親が「怖い」と言ったら、家族の方も「怖かったね。怖いと思えるから、慎重に動けるんだよ」と返してください。
怖いと感じているから、足元を確かめ、急がずに動きます。いまの怖さは、無茶をさせないための安全装置です。体が良くなってくると、怖さは「怖いけれど慎重にやろう」という気持ちに変わっていきます。いま、無理に消す必要はありません。
転んだ直後は、あわてて起こさない
転んだあとは、本人も驚いています。けががなくても、30分ほどは体に力が入りません。
ふだん床から立ち上がる練習をしていても、転んだ直後は、実際には立ち上がれないことがほとんどです。
大きなけががなければ、その場に座って10分、20分と時間を置き、体に力が入るようになってから手を貸して起こしてあげてください。それでも起こすのが難しいときは、日ごろから見てもらっている訪問看護の看護師さんに相談してみるのも一つの方法です。
転んだことを責めずに、起きた場面をたどる。その姿勢が、次の転倒を防ぐいちばん近い道です。
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