「スーパーに杖を置いてきたらしい」。離れて暮らしていると、こういう知らせは心配な出来事として届きます。

認知力が落ちたのだろうか、と考えるところです。私が家族の立場でも、まずそこを心配します。

今回お伝えしたいのは、杖を忘れるという出来事の、もう1つの見方です。

杖を忘れられるのは、杖がなくても歩けている日があるからです

足腰に不安がある時期は、杖を忘れることがありません。杖が無いと転ぶので、手が必ず握っています。

忘れられるということは、その日、杖なしで歩けていたということでもあります。歩く力が戻ってくるからこそ起こる出来事なのですね。

「こないだ、忘れちゃったのよ」と、気楽な話として出てきます

訪問の現場では、年に何度かお話をうかがいます。「こないだ、忘れちゃったのよ」と、気楽な感じで出てくることが多いです。

落ち込みや落胆よりも、前向きにとらえる話につながりやすいのですね。

リハビリでは、歩き方が良くなってきた時期に、こちらから先に口にしておくこともあります。「もう少ししたら、杖を忘れるようになるかもしれませんね」「杖を忘れるくらいに、よくなりたいですね」。

改善の目安として、そして次への張り合いの1つとして、この話を引き合いに出しています。

心配な知らせに、1つ言葉を足してみましょう

「忘れるなんて」と受けとると、ご本人が気楽に話せていた出来事が、失敗の話に変わります。そこに「杖なしで歩けたということだね」と足していただけると、出来事の色が変わります。

「置いてきたらしい」の1行には、心配と、歩けた事実の両方が入っています。受けとる側が後ろのほうを拾うと、その日の会話が変わります。

LINEでも、次に会えた日でも、伝え方はどれでも構いません。ご本人がいちばん聞きたいのは、良くなってきた合図を家族が一緒に見つけてくれることです。

杖を外して歩ける方は、麻痺の程度が比較的軽度か努力を重ねた方々です

杖を外して歩ける方は、麻痺の程度が比較的軽い方か、努力を重ねてこられた方です。そこに向かえる方には、3つが揃っています。

バランスが良いことと、体を支える力が強くなってきていること。そして、動ける環境があることです。

杖を忘れるという出来事は、3つのうち前の2つが育ってきた合図でもあります。焦って外す話ではなく、育ってきたことを知るための材料として受けとってみましょう。

杖を置いて歩く場面は、家の中に1つずつ作られています

リハビリの中では、杖なしで歩く場面をいきなり外では作りません。まずは家の中の、短い距離からです。

その練習を重ねていると、意識していない場面でも杖を手放している日が出てきます。スーパーの置き忘れは、その延長で起こります。

リハビリを続けて、手すりやテーブルを伝う歩き方が上手になってきたからこそ起こる現象です。脳卒中のあとに何かが自然にできるようになるのは珍しいことなので、努力の結果として受けとってよいものです。

片足で立つ練習が、その日を支えています

脳卒中のあとに難しくなる動きの1つに、片足で立ったまま保つ、があります。動かすことよりも、そのままでいることのほうが難しいのですね。

リハビリの時間には、膝を少し曲げた状態で保ちながら、片足で立つ練習を重ねます。10秒ほど保てることを1つの目安にしています。

この力が育ってくると、歩くときに腰が落ちにくくなります。杖に頼る場面が減っていくのは、この力が下地にあるからです。

つま先を2センチ浮かせる練習は、先の場面から逆算しています

もう1つ、つま先を2センチほど浮かせて歩く練習があります。床とのすき間の話です。

カーペットや絨毯の上は、靴を履いていると床よりも引っかかります。玄関から居間までの道のりに絨毯が1枚あるだけで、足の上がり方が問われます。

車椅子で入れない場所を少しだけ歩く場面は、この先の暮らしで出てきます。その場面で足が上がっていれば、すんなり進めます。

今、足が動かせるようになってきたからこそ、先に備えて取り組む時期なのですね。

杖を減らすかどうかは、崩れたあとの立て直しで決まります

杖を減らすかどうかの見きわめは、歩き方の見た目だけでは決まりません。バランスを崩したあとに、立て直せるかどうかを見ています。

崩れ方には、転びそうな崩れ方と、踏みとどまれる崩れ方があります。この2つはまったく違います。

私は、片脚で立つ様子で決めています。手放しなら手放しのまま5秒以上保てることと、その直後のバランス練習を重ねて合格することが、基準の1つです。

ご家族が見きわめる必要はありません。詳しいところは、いつもの理学療法士に聞いてみてください。

「杖を忘れた」の1行は、そのまま理学療法士に伝えてみてください

ご家族にお願いしたいのは、練習を引き受けることではありません。届いた1行をそのまま、次の相談に回していただくことです。

どこで杖を置いてきたのか、その日はどのくらい歩いたのか。次の日は持って出たのか。

この3つが揃うと、杖なしで歩ける場面がどこまで広がっているかの見当がつきます。

杖を忘れた、という知らせは、困った出来事の顔をして届きます。中身は、歩く力が戻ってきた合図であることが少なくありません。

「スーパーに杖を置いてきたらしい」。このことは、そのまま理学療法士に見せるだけで、次の練習の材料になります。

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